「絵童話」の世界へ|絵と文を両方味わう贅沢

絵童話のアイキャッチ画像(本を読む女の子)
長く愛される絵本がメインの、児童書売り場。
そんななか、新しく広がりをみせる楽しみなジャンルがあります。

元出版社編集者で、今は書店の児童書担当である「いとの」が、絵本好きの大人におすすめ!
今注目の「絵童話」の世界を綴ります。

しおたにまみこさんの『たまごのはなし』、阿部結さんの『どろぼうジャンボリ』、みやこしあきこさんの『ちいさなトガリネズミ』。

各地の児童書担当が、発売前から「これは推したい!」と声をあげたくなる名作が、ここ数年、次々と出版されました。

これらは「絵童話」と呼ばれています。そのジャンル名は、まだ広く定着してはいません。
けれど実は、多くの人がすでに出会っている世界でもあります。
「がまくんとかえるくん」でお馴染みの、アーノルド・ローベルの童話シリーズもそのひとつ。
そんな長く愛されるロングセラーの流れをくむ、すばらしい作品が、近年次々と花開いているのです。

語りすぎない文章とたっぷりの絵。
その贅沢なバランスが生み出す豊かな世界に浸り、読後には静かな余韻が残る。そういう物語です。

書店員として、ひとりの読者として。
これからずっと児童書の世界に残っていくであろう「絵童話」3作品の魅力に触れたいと思います。

少々熱量高くなりそうですが、ぜひお付き合いください。

目次

『絵童話』の傑作、ここにあります!|大人の心を映し出す物語たち

しおたにまみこ『たまごのはなし』|ひねくれた正直さが映し出す、ほんとうの私

たまごのはなし(ブロンズ新社)
作:しおたにまみこ

お話を初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。そんなおおげさな、と思われそうですが本当です。

主人公はたまご。
ある日、はじめて立ち上がり、動き、話し出すところから物語は始まります。

これまでは立ち上がることもなく、心を相手に伝えようともしなかった。
そんなたまごが、やっと動く姿を見て気づきました。

「あ、この感じ、知ってる。私のことだ」

見てみぬふりをしていた心の奥を、たまごが代わりに話してくれているよう。

キッチンというテリトリーを抜け出し、相棒・マシュマロとともに、新しい世界に出かけるシーンでも、ドキリとするセリフが続きます。

そこで遭遇したのは、固定観念にとらわれた考え方や、自分を正当化するための「マイルール」のおしつけ。
それに対する、たまごとマシュマロのとった対処法が、もうすごいのです。

きっと読者の想像を、軽く軽く超えていくでしょう。これぞ痛快です。
ここは読んでおおっとのけぞってほしいので、詳しくは書かないでおきます。

たまごの言葉は、いつもひねくれているようで、妙にまっすぐ。

時々ぎょっとするほどストレートで、だからこそ刺さります。

たまご本人(本たまご?)もこういいます。

わたしは へんなたまごだけれど ナッツたちには わるいたまご。
でも ふつうのたまごのときも あれば、いいたまごのときも たぶんある。
わたしのなかには たくさんの たまごが かくれてるんだ。

私もそう。
いい人のときも、イヤなやつのときも、やっぱりある。

だから、たまごとマシュマロの、自分をつつみ隠さない素直な言葉と行動が、読者の真の姿を映し出すのです。
その鏡はそれほど優しくはない。
ユーモラスに、でも正確に、びしっと指摘してくる写し鏡です。

ただ、自分の嫌な部分を引き出されても、不快には少しもなりません。
不思議ですが、逆に爽快感いっぱい。笑ってしまうほどです。
抱えたままだったモヤモヤを、たまごが飄々と吹き飛ばしてくれるのです。

ページをめくるたび、たまごが話すたび、気持ちのヒダがそよそよ波打ちます。
登場人物ひとりひとりの言葉と表情が深く残り、何度読んでも飽きません。


しおたにまみこさんの木炭鉛筆で描かれた緻密な絵は、リアルで美しい。
私たちを物語の世界へ没頭させてくれる、力強い魅力が溢れています。
心をもっていかれるような絵です。

また、この作品の魅力は、日本だけにとどまりません。

国内の絵本賞に加え、第28回ブラチスラバ世界絵本原画展では金牌も受賞。

「たまごさん、やったね!」と友だちが褒められたように、嬉しくなりました。

読むたびに、心に引っかかる言葉が変わる、この作品。それだけ、物語に深みがあるのでしょう。

「わたしのおはなし、きいていくかい?」

本棚のたまごと目が合うたび、そう声をかけられている気がする。そして気づけば、またページをめくってしまうのです。

続編『いちじくのはなし』でも、この痛快さはしっかり味わえます。


阿部結『どろぼうジャンボリ』|軽やかさの根底にあるもの

『どろぼうジャンボリ』(ほるぷ出版)
作:阿部結

発売前から、全国の児童書担当がソワソワしていました。

私もそのひとり。
プルーフ(刊行前の見本)を読んだ時の興奮を、いまでも覚えています。

発売されるやいなや、全国の児童書売り場には、書店員手作りの「ジャンボリ」が次々登場。それほどまでに、書店員の心をつかんだ作品です。

主人公の名は「ジャンボリ」。バケツを頭からかぶり、髭をはやした、不思議などろぼうです。

夜になると動き出す。
大きな袋を抱え、こっそり盗みに向かうのは、「てがみのたね」。
町の人たちが書き損じ、ゴミ箱に捨てた手紙を盗んでいるのです。

“仕事”を終えたジャンボリは、お風呂で身を清め、ジーンとしながら手紙を読みます。その手紙たちを大切に宝箱に入れ、そこに埋もれて眠る。ジャンボリの至福の時間です。

ジャンボリの盗みを働く姿は、どろぼうらしからぬキュートさ。
憎めない魅力がたっぷりです。

しかし、ある異変が起きます。
町中から「てがみのたね」が消えてしまうのです。
その原因は、新しく来た町長にあるらしい…。

カラーのページとモノクロページが交互にくる構成も印象的。ジャンボリと町の人々、そして町長を瑞々しく描きます。

気づけば、最後まで一気に読んでしまいます。
子どもたちにとって、とびきり楽しい童話なのはもちろんです。

けれど、この物語の奥には、切実なテーマが流れています。

作者・阿部結さんはある日、海外での紛争のニュースを目にします。
絵本作家にできることが、きっとあるはず。
そんな気持ちが、このお話の制作に繋がったそうです。

直接的な戦争の表現はありません。
しかし、この本には大事なメッセージが込められています。
人の大切な日常が奪われることの悲しさ。
そして、誰かと向き合い、言葉を交わすことの大切さ。
そんなことを、この物語は静かに伝えてくれます。

まずは、ジャンボリの起こした奇跡の物語を、夢中になって楽しんでほしい。

そしてもう一度読むときには、大切なものが失われる悲しさに、そっと想いを寄せてみる。
そして、ジャンボリのいた町で、失われたものが戻ってくる素敵な瞬間を、何度もじっくり味わってほしいのです。


阿部結さんの絵本は多彩です。
とびきりコミカルなお話もあれば、しみじみと心に沁みる映画のような物語もある。

そのいずれにも、人へのまなざしの温かさがあります。

だから私は、つい書店でおすすめしてしまうのです。


みやこしあきこ『ちいさなトガリネズミ』|凪いだ時間の愛おしさ

ちいさなトガリネズミ(偕成社)
作:みやこしあきこ

丸くくり抜かれた穴から見える、まんまるな目のトガリネズミ。
表紙カバーを外すと、タイトルなど文字がなく、一枚絵のように楽しめる装丁です。
帯はシックな赤にシルバーの文字。見返しは赤と緑のチェック。

もう、読む前からうっとりする佇まいの絵童話です。

開くと「これは〇〇のほんです」と名前を記入できる、かわいい絵がさりげなくあります。
もくじだってかわいくて、にんまり。

お話に入る前から、気持ちがゆったりと凪いでいくように、隅から隅まで心配りされています。


さて、おはなしの主人公はちいさなトガリネズミ。毎日を規則正しく、丁寧に、淡々と過ごします。本の装丁と同じく完璧です。
いつもバタバタと時間に追われる私は、あこがれの気持ちを抱きます。

ただ、読み進むと、気づくことがあります。
その規則正しい暮らしは、決して味気ないものではないということに。

仕事のあとのちょっとした自分へのご褒美。
日々の小さなチャレンジで、「できた」の達成感を味わう。
思い切った買い物だって、たまにはする。
年に一度、友だちを家に迎えて過ごす、心置きない時間。

「足るを知る」ーーこの言葉が、心に浮かぶのです。

自分にあったちょうどいい暮らしと、自分へのご褒美。その積み重ねが、最高に穏やかな幸せをつくっていく。
他人軸ではなく、自分の「好き」に向き合った生活を、自然と組み立てる心持ち。

そんなトガリネズミの姿を見ていると、
「幸せって、案外こういうことかもしれない」
と思えてくるのです。

「トガリネズミ」はとても小さな哺乳類。名前に「ネズミ」とついているけれど、ねずみじゃないらしいよ。

作者・みやこしあきこさんはドイツに滞在中、森でトガリネズミに出会ったそう。
それが、この物語の生まれるきっかけになったようです。
なるほど。どこかヨーロッパのような雰囲気が、この作品から感じられます。

トガリネズミの毛並みの艶やかさ。
町のひんやりした空気感。
そうした温度感のある描写は、みやこしあきこさんならでは。
細かいところまで丁寧に描かれた、温かみのある美しい絵。ファンが多い理由もうなずける、うっとり感を味わえます。

読み終えても、ずっとそばに置いておきたくなる。
宝物のような絵童話です。

「絵童話」は、大人へのごほうび。

『絵童話』は、子どもが読むと素直におもしろい。うちの子もこの3作品の続編を、心待ちにしています。
しかし、子どもだけに手渡すのはもったいないと思うのです。

とびっきり嬉しいことも、砕けそうなほど辛いことも経験してきた大人たち。
だからこそ、子どもとは違う深さで響く。そんなおもしろさがあります。

今回紹介した3冊は、大人にこそ読んでほしい傑作ばかりです。

語りすぎない文章と、たっぷりの絵。
手に馴染むサイズ感。
私は、絵童話のそのすべてに癒されています。

部屋にかざってもよし。
友人にそっと手渡してもよし。
自分のご機嫌を取るために、ページをめくるもよし。

絵とことばのあいだを行き来しながら読む時間は、とても贅沢。
私は「絵童話」が好きでたまらないのです。


「絵童話」との出会いと、その魅力。
子どもたちにとって、なぜ大切なジャンルなのかをまとめた記事はこちらです。

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