詩は好きですか?
「詩ってよくわからない」実は私もそうでした。そんな人にも、詩に親しんできた人にも手渡したい児童書があります。
元出版社編集者で、現在は書店で児童書を担当する「いとの」が、詩とことばの世界にぐっと近づける一冊をご紹介します。
さあ、扉を開けて、どうぞ。気づけば自然と詩の世界へ誘われている、そんな物語です。
念願の児童書担当の書店員となり取り組んだ、初のフェア。とにかく長いタイトルが気になって加えた一冊があります。斉藤倫さん作『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』(通称ゆびぱち)です。子どもに「詩」を手渡す作品というのも新鮮でした。ランドセル姿の男の子が青いドアからのぞいているイラストは、高野文子さん。装幀は名久井直子さん。赤みがかった黄色の表紙が目を惹きます。
仕事中、何度も目が合う。「手に取って」と話しかけてくる。自分で並べておいてなんだかなと笑っちゃうけれど、本屋で本と出合うってこういうこと。不可抗力だなって。
『ゆびぱち』ってどんな本?
タイトルに詩集とあるけれど、物語形式です。
登場人物は、自称いい年をしたおっさんの「ぼく」と、「ことばがなってない」と学校で叱られた小学生の「きみ」。親子でもない。友だちというには歳の離れた二人のやりとりに、まど・みちおや長田弘、金子みすゞら20篇の詩が登場する形で、物語は進んでいきます。
開けっ放しの玄関から「ぼく」の家に上がり込み、「きみ」は次々と問いかけます。ことばのこと。学校のこと。アイスのこと。死についても。「ぼく」は答えを急ぎません。「これ。焼きそば、たべてるあいだに」なんて言いながら、ひょいと詩を差し出すのです。
そんなやりとりを重ねるうちに、「きみ」は少しずつ詩に親しんでいきます。
詩に詳しくない読者の私もまた、詩の世界へするりと招かれていきました。
詩が繋ぐ、「ぼく」と「きみ」の物語
なぜ「詩」が二人を繋ぐのか。
物語が進むにつれ明かされていく二人の関係性も、見逃せない魅力のひとつです。
著者・斉藤倫さんは詩人であり、児童文学作家。詩と物語が溶け合う世界は、驚くほど豊かで美しい。手にとって以来、私は何度も読み返しています。すっかり内容も知っているのに、毎回、胸がつまる。心がはずむ。そよそよと風が吹く。斉藤倫さんの紡ぐ日本語が、じんわりと私の細胞に染み渡っていきます。
子どもだけでなく、たくさんの人に勧めたい。
そう強く思う一冊です。
それなのに、その良さをうまく言葉にできないのです。どんな表現も足りない気がして。
出版元の福音館書店のHPに書かれているキャッチコピー「わからなくたって、好きになっていいんだよ」に甘えたいけれど、そうもいかない。
それくらい独り占めするにはもったいない作品なのです。
だからもう一度、さらにもう一度ページをめくりました。
うまく言葉にできない。それでも
詩の感想をうまく表現できない「きみ」に「ぼく」は言います。
じゅうぶんさ(中略)
むねに、そんなかんじがあったこと。そして、せつめいが、できなかったこと。それだけ、ちゃんとおぼえていれば、いい
うんうん。私も「きみ」と同じ。胸の中で何かが確かに動いた。ただ言葉にしようとすると、すり抜けていく。
でも「ぼく」は、こうも言います。
ことばのいみなんて、わかりはしないけど、わかろうとしなくていいわけじゃない
さらに物語の終盤。「ぼく」と「きみ」、ふたりの人生に深く関わるある人物の言葉が、ふいに私を立ち止まらせます。
ことばをつかうかぎり、かならず、ことばのないものにつきあたる。
そのときいちばんだいじなことは、ことばのないがわにいる、ふりをしないことだ
ぎくりとしました。
うまく説明できなくてもいい。
気の利いたフレーズが見つからなくてもいい。
だけど、ことばを尽くすことから、逃げてはいけない。
伝え方はさておき。
私はこの本が大好きです。
斉藤倫さんの児童書の名作『どろぼうのどろぼん』も大好き!
大人になってから出会った作家さん。
日本語の美しさに「読めて幸せ」と感動しつつ、何度も読み返す作品ばかりです。




